【途切れた物語】閑話06帰れる場所
ロイとイメラのお話
「驚いた。ランダーが言ってたこと、本当だったんだな」
振り返れば、言葉の割りに落ち着いた様子のロイが立っていた。
ランダーにこの神聖な場所の行き方を教えてもらって以来、イメラは暇を見つけては来ている。気になることがあったからなのだが、ここにいると落ち着くし、魔力の発散もできるからすでにお気に入りの場所になっていた。
ロイにはなんとなく言い出せなくて言っていなかったけれど、もうランダーが話していたのか。少しほっとして、少し後ろめたい。
「ここが気に入ったのか?まー、しっかり掃除までしてくれて。どうりで最近墓が綺麗な訳だ」
ラシュラルの花が植わっている墓は石を載せた簡素な石塚で、年代を感じさせる苔やヒビが入っている。掃除とはいうが、あまり石には触れず、主に枯れたラシュラルを処理して水をやり簡単なお供えをしているだけだ。
ロイは祈っていたイメラの隣に座り込んで、じっと墓を見る。何を考えているかは、分からない。
「ここにどうやって来てるんだ?前回はお前の魔力と俺の仲介があったから来れたんだと思ってた。次はランダーの仲介で。でも、それからずっと1人で来ているんだろ」
「どうといわれても、魔力があるからかしら?歩き方さえ分かれば特に問題なく来れたわよ」
「ふうん。じゃあ、ここに来れるのはやっぱり村の人間だけってことじゃねえんだな。まあ、村の人間でも魔力ない奴は来れないんだから、そうか」
魔力があれば、そして歩き方を覚えてしまえば辿り着ける神聖な場所。それは、ここをずっと守ってきた村人の立場で考えてみれば危険要因なのかもしれない。もしここに訪れた旅人が、リルカをさらってまでまたここに来ようとした旅人のように暴力を持つ者で、次こそ成功してしまったなら、そう考えてみると恐ろしいだろう。
「ねえ。ロイは外に行くとき村の場所を嗅ぎ取られないように文様で移動しているでしょう?」
「ああ」
「ここにもその方法で来ることはできないのかしら?」
ロイはきょとんとしたあと、笑う。今度はイメラがきょとんとしてしまう。
「おい、あのな。そんなこと出来る訳ないだろ。この魔の森にはとんでもない魔力が流れてるんだ。そこに、自分の魔力を押し込んでそのまま維持し続けるのなんて不可能──ああ、お前なら出来るかもな」
「なによ、その化け物みたいに」
「だってそう、悪い悪い」
転移する為に必要な文様は、転移したい場所に魔力で文様をかき残し、それからずっと一定の魔力を流し続けなければならない。最低限の魔力で存在を維持し、十分に魔力を流せば転移にさほど時間もかからなくなる。転移の方法には、転移するとき同じ文様を描いて魔力を流すか、通常の倍以上の魔力をつぎ込んで文様を媒体に魔力を残した場所へ文様を描かず転移する方法がある。前者は同じ文様を描かなければ効果を発揮しないため、文様が消されていれば転移ができない。後者は必要とする魔力量が大きすぎる。そしてどちらも自分の魔力をどこかに一定量滞留させなければならないので、魔力消費を伴う。魔力を滞留させる必要最低限は場所によっても異なり、他に魔力が流れている場所に自分の魔力を流し込むには通常よりも多くを要する。
とんでもない魔力が働くこの魔の森に転移の文様を残して自分の魔力を流し込むのは、イメラのような例外を除き、ほとんど不可能といってもいい。
「でもディバルンバには文様が張れるのよね」
「そうだな。あそこは魔の森の穴みたいなもんなんだろ。魔力がさほど介入されていない。だから村が造れたんだろうしな」
少しひっかかったが、なにかよく分からず、イメラは微笑むにとめる。
「ねえ。もし私が──」
言いかけて止める。
ここを出ても、またすぐ来れるように文様を張ってもいいか、なんて。そんなのはロイたちの懸念するところで、村に少しは馴染んだとはいえ、信用まではされていないだろう自分ができるはずがない。なにより村を出るなんてことを自分が言いたくない。できればこの村にずっといたいと思う。
ロイが立ち上がってイメラに手を差し出す。イメラはその手に立ち上がりながら身体を起こして、そのまま離れなかった手が案内するように歩く。
「お前なら、いい」
驚いて見上げる。大きな背中からはロイの顔が見れなかった。けれどイメラは嬉しそうに笑って、手を握り締める。
いつでもここに戻ってこられる。
それは、もしこの先ここを出ることになったとしても、きっときっと強い心の支えになると思った。
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