【途切れた物語】011
明かりを差したのは君でした
永遠にも感じられた時間のなか
光を与えてくれた君は闇に染まった手を見て泣いていた
誤って見つけた道を正しく正しいを誤りに
世界は君に
いきましょういきましょう
あの場所へ
———-
「お前またここに来てたのか」
「いいじゃない。ここ落ち着くのよ」
背後から聞こえた無愛想な声にイメラは湖につけていた足をあげて口を尖らせる。広がる波紋にロイは眼を細めた。湖の底にある遺跡が揺れて漂っている。
ランダーがこの場所をイメラに教えてからというもの、イメラは頻繁にここに訪れるようになった。
余計なことを、と思う。
リルカのことも、この場所のことも、村のことも──話すべきではなかった。まさかイメラが王族とは思わないだろうが下民でもなければ平民でもないだろうことは分かるだろうに。イメラに魔力があることが分かっていたなら尚更そうだ。何度でもここに来れて、外にも出ることができる人間に教えるだなんてあってはならないはずだ。けれど現実としてはイメラは、ナナシの村だったこの場所に来ていて、この寒さにも関わらず素足を湖につけて呑気に日向ぼっこときている。
「寒くないのか」
「そこは魔法をかけて対処してるから問題ないわ」
「便利なもんだな。そんなことに使える魔力が俺にも欲しいよ」
「ないものねだりしても意味がないわよ」
「はいはい」
ロイが呆れたように溜息を吐いて視線をずらしたとき、イメラはそっと魔法をかけて髪をかわかす。
「潜ったんだろ」
「……なんで分かったのよ」
「濡れてる」
イメラの隣にきたロイは座り込んで、イメラの肌を伝っていた水滴を拭い取る。
「う、そ、そうよ。悪い?」
「いや。お前みたいな賑やかな奴がいればこの場所も喜ぶだろう」
顔を赤くして不満げに眉を寄せるイメラを見てロイは笑う。小さい声で子供じゃないんだからと呟くイメラの言葉に説得力はない。
「どうだった」
「……凄く綺麗だったわ。あれは誰かが作ったものなのね」
「そりゃ在るものはナニかが作ったものだろ」
「そう、ね」
イメラは足を手で抱きながら湖から見える遺跡を見下ろす。誰かが、造ったもの。いま在るものは長い過程を経て誰かやなにかの手が加えられてできたものだ。
私がここにいるのもそう。
「ロイは神様を信じる?」
「突然だな」
「勇者の話のときだって同じじゃない」
立てた膝に顔を埋める。息を吐いて眼を開けたとき、近くに骨ばった手が見えた。草に埋もれている手はよく見れば傷だらけで肉刺も多い。分厚い皮膚が裂けて治っていない場所もある。
「神様なんて信じてないな」
「そう、私もよ。それに運命も信じていない。決められているなんて冗談じゃない」
「それはランダーには言わないほうが身のためだ。知ってたか?ランダーは神を信じているんだぞ」
「ランダーが?」
意外だ。目を丸くするイメラにロイは笑う。
「あわねえよな。でもアイツが言うには神とはこの世界の始まりを造った存在で、原点で、誰も抗えないほどの力を持っているそうなんだ。その神が願ったのが運命で、それは災いだろうが祝福だろうが身に受ける存在にとっての宿命になる。この世に起きるすべては神から与えられた宿命で運命で──神からの願いだとさ」
「神からの願いね」
思わず鼻で嗤ってしまう。
加護を持ってしまった自分、幼いながらに殺される命、上に立つ肥え太った存在──運命?願い?宿命?
「例えどんなことだろうとそうらしい。俺からすればそれは責任転嫁のようにも思うがな。いまの俺がここに存在しているのは神だとか誰かから指図された訳じゃない。俺が選んで俺が決めて俺が進んだ結果だ。誰のせいでもない」
「そうね」
いまの私は私が選んだ結果なのだ。これからもそうやって選んで進んでいくしかない。加護を持ってしまっているのも、どうしようもないなら持って進むしかないのだ。それが納得できないならどうにかすればいいのだ。
決めるのは、私だ。
暗い気持ちが心の隅に生まれる。分かっている、分かってるけれどと泣き声をあげはじめるのに気がついて頭を振った。
「ランダーからすれば私は神様かしら」
「かもな。お前の力は凄まじい。お前はなにを願ってる?」
「さあ、分からないわ」
「早いとこ見つけることだな。流されて気がついたときには──なんて遅いから」
空を見上げたロイの口から白い息が現れて消えていく。寒くないんだろうか。
「……冷たいな」
「冬だからよ」
「その冬に湖に潜る奴は誰だろうな」
「五月蝿いわね」
ロイの手に手を重ねて握ると不思議と温かさを感じた。魔法で体温調節をしているはずなのに。
「帰るぞ」
「……子供じゃないわ」
イメラの手を握って立ち上がったロイは、同じように立ち上がったイメラの頭を撫でる。前にランダーから聞いたことがある。ロイは妹のリルカの頭を撫でるのが癖だったって。
もどかしげに口を結んで俯くイメラにロイは苦笑する。
「とっくに知ってる」
顔を上げたイメラが見たのは微笑むロイの顔と灰色の雲に覆われた空だった。次第に姿を消していく空に眼を閉じる。唇に触れた微かな温もりに吐息が重なって身体が震えた。
「……帰るぞ」
「……ええ」
イメラは震える心を抑えながら歩く。声を出す代わりにロイの手を力強く握った。
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