【途切れた物語】閑話02ロイとランダーの好物
イメラとランダーのお話
ランダーは村のすぐ近くにある川にいた。
大小様々な石が転がり足場は頼りないが、ここには座るのにもちょうどいい岩も転がっていて休憩にはもってこいの場所だった。川の流れる音が聞こえ、風に応えるように揺れる木々のざわめきに遠くで笑う声が加わる。ちょうどいい日差しが体を包み、ランダーは自然と眼を閉じた。穏やかで、幸せな時間。
「……どうしたイメラ?」
「あら、ごめんなさい。お邪魔して」
「いいんだよー」
少し前から人の気配はしていた。まだ慣れぬように砂利を踏み、危うげに歩く足音に誰かは見当はついていたが正解だったようだ。
数日前、村に住むようになった女、イメラ。眼に眩しい容姿を惜しげもなく笑みに変え、人に壁を作らず明るく過ごしている。容姿もそうだが、こんな変わった女は見たことが無かった。なにせ、初めて会った数日前にはランダー含めた数人の村人でイメラを犯ししかも売り飛ばそうとまでしていたのに、そんなことがなかったかのようにイメラは接し、そんな相手が住む村に住むのだから。世間知らずの前におかしい。変な女だ。
いまもこんな村の外れでランダーと2人きりになっている。
「……疲れてる?」
「ん?いいや、大丈夫だよ」
笑って誤魔化す。
時折イメラは妙に鋭くなるときがある。できればあまり関わりたくないと思う。この場所で話すのもよくない。ここに来るとどうも気が抜けてしまうのだ。
「ええとね、聞きたいことがあったのよ。ロイって、なにが好きなのかしら。ほ、ほら、私料理もできるようになってきたしそろそろ作れる品を多くしたいのよね。どうせならロイの好きなものでも作ろうと思って」
「あららーロイってば幸せものだねー。イメラにそこまで想われて」
「ただの日頃の感謝よ」
むっとして口を尖らせるイメラの頬は心なしか赤い。ランダーは幼馴染の顔を思い出して少し笑ってしまう。イメラの存在に動揺し顔を赤くするほかの村人も面白いが、リーダー格として慕われて眉間にシワを寄せることの多いロイが、イメラの危なっかしい行動に顔を青くして慌てる様子は更に面白い。感情が豊かになったようにも想う。恐らく、イメラが好物を作ってロイの帰りを出迎えたならば驚き、そして無自覚に嬉しそうに微笑んだあと、やりきれないように視線をそらすのだろう。不器用で、素直で、弱い幼馴染。
「ランダー?」
「え?あ、ああごめんねー。ぼんやりしてた。ロイは鳥が好きだよ。しっかり焼いたやつがね」
「焼くだけじゃない。作り甲斐がないわ。……味付けに工夫しようかしら。教えてくれてありがとう!ランダー」
「どういたしまして」
たったこれだけのことで子供のように嬉しそうに笑うイメラから眼を逸らす。
川の音が聞こえる。静かで、穏やかだ。俯いた視線に拳を作る手が見えた。知らず力が入っていたらしい。
「……どうしたの?」
「ねえねえ、ランダーの好きな食べ物ってなにかしら?」
ぽん、と柔らかい感触がして顔をあげれば微笑むイメラの顔が見えた。なぜかランダーの頭を撫でている手は小さく、伸びてくる腕は簡単に折れてしまいそうだった。
「俺は……俺も焼いた鳥が好きかな」
「あなたたち本当に仲がいいわねえ」
イメラはくすくすと笑いながらランダーの頭を撫でる手を止めない。それが思いのほか気持ちがよくてランダーは眼を閉じる。すると先ほどよりも強く木々のざわめきや川の流れる音が聞こえる。けれど先ほどよりも優しく体に響いた。
「今日ランダーの家におすそわけしに行くわ。絶対美味しい物ができるから楽しみにしててちょうだい」
「それは、楽しみだねー」
「ええ!今日こそロイの鼻を明かしてやるんだからっ!それじゃあまた後でね」
「あ」
すっと離れた手と一緒に踵を返すイメラにランダーは思わず手を伸ばしてしまう。振り返ったイメラが首を傾げるが、ランダー自身なぜイメラを引きとめようとしたのかが分からず苦笑いを浮かべるしかない。
まさか名残惜しいだなんて。
「美味しいもの期待してるよ」
「任せてちょうだい!」
ピースサインを見せたイメラがスキップでもしそうな勢いで楽しそうに村に帰るのを見送りながらランダーは今度こそ1人きりになった空間に溜息を吐く。
しっかりしろ。しっかりするんだ……っ!
この村を守るためならなんでもするとここで誓っただろう。
風に乗ってイメラと村人たちが楽しそうに笑う声が聞こえた。
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