【狂った勇者が望んだこと】の番外編、 神視点
投票企画で3位をとったライガとサクの話
フィラル王国の賑やかな通りにある小さな看板目印に、ひとつ道を外れて路地裏奥へ進んでいく。視界埋める見晴らしいい景色が現れたなら、その左側にひっそり佇む店を見つけられるだろう。店とは思えない怪しい青緑色のテントのお店。そこは知る人ぞ知る魔法具の店だ。
そこへ尋ねる者がいた。
顔を隠すような少し長めの前髪が鬱陶しいのか、彼は前髪をかきあげて店の前で溜息を吐く。すらりとした長身の彼はなにか悩むように眉を寄せていた。
しかしそれも静かな路地裏に響いた異色の甲高い声と足早に進むいくつかの足音を聞いた瞬間、諦めたように彼は店のなかに入る。
「いらっしゃい勇者さん」
彼を出迎えたのは関西弁のようなイントネーション混じる店主だ。普段は茶色の長い前髪を後ろの髪と合わせてハーフアップにしているが、今日はおでこを出したポニーテールで首元スッキリまとめている。付け加えると店主は半袖だった。
寒さ充満するこの季節にわざわざ……。
客は店主を見て信じられないと表情を歪めたあと、返事をした。
「どうも」
「なんやえらい表情してたんやけどなんで?」
「寒そうなかっこが信じられなかったんで。頭おかしいんじゃねえの?」
「ひどいわー」
からからと笑う店主ことライガは、話す間に普段と同じく入り口を魔法で閉めた。それを見た彼こと桜も、普段と同じように肩の力を抜いて困ったように微笑む。
この店に入ると外の様子が遮断されるような感覚がある。恐らくそういう魔法をかけているのだと思い至ったが、それでも桜は安心しきれなかった。だからライガが入り口を閉める度、桜は無意識に緊張が緩んでしまう。
ライガはそれに気がついているのかいないのか、桜が余裕を持ち始めた頃を見計らって話し出す。
「この店どんな格好してても寒くも暑くも感じひんよう空間弄ってんねんよ?。やから別にこの格好でも大丈夫なんやでー?試しに勇者さんも脱いでみいや」
「凄いなそれ。でもすぐ出るから遠慮しとく」
「つれないなー。それで?また遠征かいな」
「ん。明日」
「勇者さんは大変やなあ。知らん?明日はどこかの国じゃあXmasっていう恋人同士の日なんやで?」
「Xmas?ああ、あー明日って12月25日か。なに、この世界でもXmasってあんの」
ライガの言葉に桜は首を傾げる。クリスマスが恋人同士の日だと広まっているにしては、今日の城下町は普段通りの賑わいだった。イベントなら特有の盛り上がりがあるだろうに。
桜の疑問に答えたのは、チッチッチとわざとらしく舌を鳴らして喧嘩を売るように人差し指を動かすライガだ。
「アカンなあーそんなんも知らんの、勇者さん。こりゃ愛しのリーフちゃんが可哀相やでー?って言ってもXmasっちゅうんはこの国ではほとんど知られてへんけどな。どっかの小国では勇者から伝えられて盛大に祝ってるっちゅう話」
「へえ」
「そこまで興味ない「へえ」は初めてやわ」
「そりゃよかったな」
「ひどいわー」
桜は相槌打ちながらも商品を選んで籠に入れていく。それに気がついたライガは「ほんまにつれないわー」と桜を非難するが、その表情は楽しそうなものだ。
「んじゃ、これよろしく」
「はいはい毎度あり」
ライガが会計をしているあいだ、桜は店内を見てまわる。
手榴弾イクスはこの店に来るたび『管理をどうにかしろ』と言ったお陰か、気持ち安全な場所に移動していた。適当に積み重なっているのは相変わらずだが、足元に転がっていないだけまだマシだろう。
そこでふっと気になる場所を見つけた。
この前リーフと一緒に店に来たとき購入したマグカップと同じような商品が並ぶ棚だ。紺色や青緑色がベースのもので、どちらも桜の好きな色だ。厚みのあるスプーンやフォーク、お皿──思わず手に取って、いつの間にかこちらを見てニヤニヤと笑っていたライガの手にのせる。
「おおきに。ちょっとオマケしたるわー。Xmasプレゼント」
「それはどうも」
なんとなくライガの思惑通りになったのが悔しくて、桜はぶっきらぼうに言い返す。
これだから嫌なんだ。
桜は内心愚痴りながら会計を手早くすませる。
「はいどうぞ」
「どうも。──っ!」
手渡された買い物袋の取っ手を握った瞬間、桜は文字通り身体が動かなくなった。時間が止まったようにぴくりともしない。恐らくライガの魔法だろう。そう桜が思ったのは目の前に映るライガが楽しそうに口元緩ませながら手を伸ばしてきたからだ。動かない身体は手をさけることができず、ただライガの動きを見るだけだ。
カサついた親指が桜の頬を撫でる。髪の毛をまとめているお陰か桜の目にライガの顔がよく見えて、逸らせない視線の代わりに見た睫毛の長さにどくりと心臓が音を鳴らす。睫毛に隠れていた蒼い瞳が桜を映し出し、唇が、ゆっくりと重なる。
そのまま数度啄むように離れて戻る唇は、力を失う桜の溜息を飲み込んだ。
「……あれやね、ハッピーXmasっちゅうやつ?」
「死ねよ」
いつの間にか動くようになった唇は毒を吐く。罵りたいだろう言葉の代わりにライガの胸を小突いた力は殴ったというほうが正しいぐらいの力の強さだ。
それでもライガは楽しそうに笑いながら、そのまま店を去った桜の顔を思い浮かべる。
これだから彼をからかうのは止められないのだ。
減らなかった魔力と恨めしそうな赤い顔にライガは胸を躍らせて、今去ったばかりの彼が今度いつ来るだろうかと店の入り口を開けた。