【途切れた物語】013
ある女がいた。
青々と茂る野に腰掛けている女は両手を地にもたれるようにつけていて、穏やかに動く雲が浮かぶ空を見上げていた。人目のないことをいいことに足を開いていて、シミひとつないすらりとした足がドレスから覗いている。彼女を知る人物が見たならば顔色を変えることは間違いない。
女の唇は緩やかに弧を描いているが、どこか寂しそうに人の眼に映る。目を逸らせばその間に消えてしまいそうな儚げな雰囲気だった。細い身体は辺りに吹いているそよ風でいとも簡単に飛ばされそうに見える。波打つ金色の髪が風に揺らぎ、病人にも見えそうなほどに白い肌が蒼色のドレスに浮かび上がった。
女はずっとそこにいた。ずっと地平線を、空を見ていた。
自分の足元に咲いている可愛らしい白の花弁を持つ花でもなく、葉でもなく、ただ野が描く視界に映る限りの地平線と世界を分けた青空を。
いつか。
そう想って女は毎日、持てる時間の全てを使ってこの野で過ごし、地平線を見続けていた。
遠い過去、そして常に心にある風景を胸に。
そして毎日、女はいつものように1人で野を去る。
今日もまた、迫る時間に追われて女は名残惜しそうに立ち上がる。
一瞬、視線が伏せられて、長い睫が女の瞳を隠した。女は震えそうになる手を握り締めた。
赤い唇が動き、掠れた声が喉から零れて音のない唄が静かに紡がれる。
女はいつも想う。
どうかこの唄が、想いが、風にのって……届けばいいのにと。
称えようか称えようか
光ある世界
花は咲き風は踊り葉は香る
いきましょういきましょう
あの場所へ
愛ある世界
笑いし人は愛しい人
貴方も共に
いきましょういきましょう
あの場所へ
無知なる世界
扉を開けた先に見たのは嘆き
人は祈り涙を湛えた
伸ばした先は常に同じで知ることもなかった
君は、君はその手を
伸ばされてきた手に押し付けた
残酷な現実に気づいた私は目を閉じた
明かりを差したのは君でした
永遠にも感じられた時間のなか
光を与えてくれた君は闇に染まった手を見て泣いていた
誤って見つけた道を正しく正しいを誤りに
世界は君に
いきましょういきましょう
あの場所へ
──女は伏せていた視線をそっと起こした。
さっきと変わらずにある地平線はやはり女の見る世界を両断している。それでも近くにいる存在に彼らは決して離れようとはしない。離れられないのだ。
女は遠くに聞こえる自分を呼ぶ声に身を翻す。
最後に1度女は視線を戻したが、食いしばるように唇を噛みすぐに顔を戻す。もう振り返りはしなかった。
風に揺れる野にラシュラルの花が高く舞い上がる。
いきましょういきましょう
あの場所へ
……その女が来ることはもう2度となかった。
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