本編12話のミリア視点

【狂った勇者が望んだこと】の番外編、
本編12話のミリア視点


今日は桜が初めて城下町に行く日だ。
ミリアは食器を片付けながら、桜の様子を伺う。ケープを羽織り準備をしている桜はどことなく楽しそうにミリアの目に映った。
部屋を出て城で過ごしているときとは違う。城の人間が話しかけてきたときなんて桜はひどく冷めた表情をみせる。
ミリアはそのときの顔を見るたびに、初めて桜に会った日のことを思い出した。
『俺は、あんたらいらないから』
嗤う顔に恐怖を覚えた。そして

──ああ、駄目だ。

ミリアはいつの間にか止まっていた手に気がつき、焦りを外に出さぬよう気をつけながら片付けの続きをする。幸い桜はミリアの異変に気がついていないようだった。
……召喚から数日が経った。
付き人として傍にい続けるミリアは桜の様子を見続けていたが、分からないことが沢山あった。

──サク様は隠そうとしない。

桜は部屋の中にいるときや、訓練で大地たちほかの勇者と話すときは穏やかな表情を見せる。それがあまりにも城の人間への対応と違うため、城の人間の反応もさまざまにでている。
女性は好意的に見ている者が多い。だが多くの男性、とくに城で権力を持っている者は桜をよしとしていない。それは誰の目に見ても明らかだった。

──恐ろしくはないのだろうか。

ミリアは桜を見るたび、そんなことを思う。桜は気に入らないと鼻で笑い、いらないと主張し、そう通すことができる。

──なぜそんなことができるんだろう。……力があるから?

レオルとの特別訓練のことは記憶に新しい。前回よりも磨きがかかったとはいえ、名前を勝ち取ることができなかった進藤たちの数年を笑うように、桜は1度の特別訓練でレオルの名前を勝ち取った。

──勇者様がいらっしゃった場所は戦いに縁のない場所だったはず。訓練もなければ武器を手に取る機会さえないような場所……。

なのにサク様はレオル様の攻撃に反応できた。レオル様がお隠しになられたから最後まで見ることは叶わなかったけれど、前半だけでも十分だった。
サク様の動きにあのかたたちが看過できないとしたのも納得ができる。
このままサク様が、あのかたたちを敵視し続けたままで力をつけていくようであれば、どうなるか分からない。
ドクリ、と心臓が嫌な主張をしてくる。
ミリアはひとつ深呼吸をして片づけ終わった食器をのせたワゴンを押した。するとすぐに後ろから声がかかる。

「俺も一緒に出るわ」

桜も準備が終わったらしく、部屋を出ようとしたミリアの横を通り過ぎる。

──なぜサク様は付き人に気をまわすのだろう。

ミリアは綺麗な黒髪を追いながら、きっと振り返ってほんの少し口元を緩めるだろう桜を待った。
そしてミリアの予想通り桜はワゴンを押すミリアが部屋から出やすいようドアを開けて、どうぞと微笑む。
ミリアは気がつかれないようにしながら足早に動く。
時間をとらせてしまっては申し訳がない。
ドアを開けてくれること自体恐れ多いことなのだ。しかし以前、辞退しようとしたら桜は目をパチクリとさせたあとミリアを見てフッと笑ったのだ。
『男の特権』
目が奪われた。初めてそんなふうに笑ったのを見たから。

「ありがとうございます」
「ん」

ワゴンを廊下に止めて感謝をいうミリアに桜は笑う。そしてミリアが疑問を浮かべる前に桜は手を振った。


「それじゃ行ってきます」
「いってらっしゃいませ」

ミリアは頭をさげているあいだに動いて去ってしまう足を見つけた。そして顔をあげて桜の後姿を眺めていたら、最近と比べると弾んだ歩調なのに気がつく。
城下町が楽しみでしょうがないんだろう。
それは昨日の様子でも見て取れた。城下町に思いを馳せて話をしていた姿を思い出して、思わずだろう。
ミリアは微笑みを浮かべる。

──不思議な人。

しかし自分が微笑んでいることに気がついたミリアは戒めるかのようにすぐに唇を結ぶ。

「ねえ」

廊下にミリアを呼ぶ声が聞こえた。
なぜここに。
ミリアはまずそう思って、次に答えを見つけて表情を暗くする。けれど声に振り返ったときにはいつものように感情を消していた。
声の主はいつも通りにこにこと無邪気に笑っている。
ルーナ。
ミリアはまた、1つ深呼吸をした。

「ミリア、終わった?」
「……はい。終わりました。サク様は城下町へお出かけになられました」
「翔太様もそうよ。でもいいなあーミリア。担当替わってよ?」

ルーナは可愛らしく首を傾げて手を合わせる。
馴染みあるルーナの行動にミリアは困ったように微笑んだ。そんな権限は持ち合わせていない。
ミリアがそう答えようとした瞬間、言いながらも最初から承知していたルーナが先に残念と声をあげる。
思わず言葉が口から出てしまう。

「ルーナは」
「なあに?」
「……いえ」

言葉を濁すミリアにルーナは不思議そうに首を傾げる。ルーナの癖だ。けれどその白い項が露になるたびに見えるうっ血した痕に、ミリアはたまらない気持ちになって視線を伏せた。

「あ、そうそう。進藤様がお呼びよ。遠征が決定して気が昂ぶってるみたい。好きよねー」

ふわあ、と欠伸をするルーナにミリアは無言で返して、その場を離れる。
進藤の部屋に向かわなければ。
朝の静かな廊下にワゴンを押す音が響きわたる。その音に昔を思い出したルーナは、角を曲がって見えなくなったミリアの後姿を重ねて嗤った。

「かーわいそう」


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