【狂った勇者が望んだこと】お気に入りの場所
元の世界の仲良し4人組の話、4人でつるみだすころ
「いいお天気になってよかったねー桜!」
青空に浮かぶのは太陽だけ。眩しい日差しを一身に浴びながら梅は輝かんばかりの笑顔を桜に向けた。実際、梅の蜂蜜色の髪は陽に照らされてキラキラと輝いている。その目映さに空を仰いだのは太一だ。
「うおおおおお!梅ちゃん私服可愛すぎる……っ!てか綺麗!マジ天使!」
「うわ……どんびき……」
「これはどんびきもんですね、桜さん」
「ええ、響さん」
「お前ら……っ!」
興奮に叫ぶ太一に桜と響は辛辣な言葉を投げかけ太一から後ずさる。太一が心外だと叫ぶが、空に両手を掲げて叫ぶ姿にはなんの説得力もない。
とはいっても太一が場を盛り上げるためにしていることだと桜と響も知っているので、ニヤニヤと笑って面白半分で言っているだけだ。そんな3人の関係性をこの1週間ほどで分かってきた梅もにこにこと満面の笑顔。
梅は真っ白なワンピースを翻して桜の元に駆け寄って、私の席だとばかりに桜の腕に抱きついた。すかさず桜から指摘が入る。
「歩きづらいんですが」
「ふふー!」
「梅ちゃん本当桜が好きだな~」
「だーい好き!」
「二人になにがあったのか聞きたいけど聞けない俺……」
「聞いてんじゃねえか。……なんかあったっけ?」
「桜が聞くのかよ」
首を傾げる桜に響が笑いながら突っ込む。
響と太一からすれば今まで同じクラスだったにも関わらずほとんど交流がなかった2人が週明けには(一方的にだが)ひどく仲が良くなっているのだ。なにがあったのか疑問に思うのも無理はない。しかも桜の性格を知っているぶん、余計、人の注目を集めるマドンナの梅と仲が良くなったのは不思議だった。そしてその梅が第三者から見て明らかなほど桜に夢中なのも不思議だった。彼らの持っている金曜日の記憶では梅と桜が話しているところはない。
なにがあったのだろう。
梅はというと首を傾げる桜を見て口をとがらせていた。あんなに大事な日のことを桜が忘れてしまっていたのがなんだか寂しかったのだ。
「もう!桜忘れたのっ?桜が大勢に虐められたけど返り討ちにした日のことだよ!」
「おまっ……ここで言う勇気」
「なんだ、覚えてたんだ」
ホッとする梅と違い、声を荒げたのは太一と響だ。
「はっ!?桜お前虐められるのかよ!」
「桜が虐められる!?すげえな!」
どちらも方向性が違う驚きだったが、それも長年の付き合いによって彼らが心配していることが分かる桜は困ったように口元をつり上げる。
「おい桜誰に虐められたんだよっ」
「……ってか、梅ちゃん。その日のことよく知ってるね」
眉を寄せて桜につっかかる太一と違い、響は桜の腕に抱きつく梅を見て冷静だ。桜がどうしたものかと考えていると梅は笑みを浮かべた。それは、目の前で見た響がぞっとしてしまうぐらい怪しい笑顔だった。
「最初から最後まで見てたもん」
「見てたって……っ!梅ちゃん止めなかったのかよ!」
「太一」
「止めなかったよ。見てた」
素直すぎるのも考えものだと桜は頭を悩ませる。事実そうだったのだが、感情的になっている太一の前で言うべきことではないだろう。案の定太一と響は梅を睨むように目を細める。
だが、おかしなことに梅は怯むどころかなぜか自信たっぷりな表情をしていた。
「正直なところ口を出さなくて良かったって思ってる。おかげで私は桜のことが知れたし桜のことが大好きになった」
ふふ。
微笑みながらどこかおかしなことを言う梅に太一と響の眉間にシワが寄る。梅が最後にポツリと呟いた言葉は最も近くにいた桜にしか聞こえなかった。
桜は素晴らしく天気のいい日にも関わらず重苦しい空気を感じながら溜め息を吐く。そして険悪な雰囲気を掻き消すためにも非常に不本意だったが三人の間に割って入った。
「言い忘れてるだろ、梅。お前アイツらを止めようとしてただろ?タイミング逃してただけでさ」
「え……」
梅の頭を撫でて桜がそう言えば、梅は驚きに目を見開く。
確かにそうだ。
だが桜が気がついていたとは夢にも思わなかった梅は動揺に顔を赤くなる。
「え、そうなの梅ちゃん……?ごめん、俺思い込んでた」
「んー……。ごめん」
桜の言葉を聞いた太一と響が戸惑いながら梅に謝ったことも、更に梅を動揺させる。
結果的にはなにもしなかったのだ。その事実がまたさらに梅を辱める。
「あ、謝らないで……。本当に私見てただけで、本当に、私さっき言ったように、そのお陰で桜のことを知れたから、なにもしなくて良かったって思ってる」
「はいはい、つまり私と話すきっかけできて良かった良かったってことだよな」
桜はもう喋るなとばかりに梅の頭をぐちゃぐちゃに撫でる。
叫んだのは太一だ。
「おい桜!梅ちゃんの御髪が乱れるだろっ!」
「うわ……御髪ですって、桜さん」
「きもいですね、響さん」
「お前ら……っ!」
そして戻ったいつもの雰囲気は賑やかで温かくて楽しくて──梅は乱れた髪を風になびかせながら呆然とする。
なんだろう、この気持ちは。
気持ちの名前が分かる前に口元が緩んでいく。目元が情けなく下がっていく。
どうしたらいいのだろう。
今まではこうすればいい、こう動けばいいと分かっていた。だけどそれは相手が望む行動が分かっていただけで、自分のための行動はどうすればいいかまるで分からない。
いまは道しるべのように抱きついていた桜の腕もない。途方にくれて3人を眺めていたら、思いかげず桜と目が合った。桜がしょうがないなとでもいうように笑う。
「梅、お気に入りの場所ってどこよ?」
手を差し出された梅はこの瞬間を死ぬまで忘れないだろうと確信する。
桜は梅を見ている。その後ろには歯を見せて笑う太一と楽しそうに唇を吊り上げる響がいて、やはり彼らも梅を見ていた。
いつも身に刺さる視線とはまるで違い、まるで、まるで……。
「……この先っ!この先にあるんだ!すっごく綺麗な桜が見られるんだよ!」
「綺麗な桜が見れるんですって、響さん」
「綺麗な桜が見れるんですか、太一さん」
「ははは、てめえらぶっ殺すぞ」
梅は嬉しかった。
本音を零せたことも、それを受け入れてくれたことも、会話ができたことも、大好きな人に出会えたことも、大好きな人に手を差し出してもらえたことも、一緒に居られることも、まるで友達のように接してくれることも――ぜんぶぜんぶ嬉しかった。
涙が出そうなほど嬉しい梅を祝福するように風が吹く。幸せだった。梅は桜の手をひきながら歩き慣れた秘密の道を進んでいく。一人になりたくて、春になるたび人の目をさけてやってきた道。山にさしかかる手前で長い草がそこに続く道を隠してくれている。
風が吹く。
木の葉が揺れて草木も揺れて、ざわざわ、ざわざわ、慣れたあの場所へ導いてくれる。
「すっげえ道……って、うっわあ……!」
「すっげえ綺麗。めっちゃ穴場じゃん」
道には見えない道を歩いてきた太一がついにそこに辿り着き、感嘆の声をあげる。響も口をあんぐりと開けて魅入った。
視界に飛び込んだのは、それはそれは綺麗なしだれ桜。川が流れる横に一本だけ咲いている。山に生えている木々が桜を隠すようにあるものだから、本当に知る人ぞ知る場所なのだろう。人が踏み荒らした形跡もなく神聖な空気さえ感じる。淡いピンク色の花弁が風に舞い上がった。
「うわー、綺麗」
しだれ桜に魅入っていた桜がたまらずといったように呟く。桜もこの場所が気に入ったのだと分かって梅の表情が緩んでいく。
一生誰にも言わないと思っていた大事な場所に大好きな人といる。
想いもしなかった幸運が嬉しくてたまらなくて、いままで自分がどうやって生きていたのか不思議な気持ちになるぐらいだ。
「喜んで貰えてよかった!へへ、これも喜んで貰えると嬉しいな」
「なに?うわ、すっご。うまそう……」
「へへー」
梅はお気に入りの場所に腰掛けて作ってきた弁当を広げると、隣に座った桜にお箸を渡した。一応太一と響の分も持ってきてはいるが、太一と響はしだれ桜をどちらがより綺麗に写真に収められるか競い合っているようだから気がついたときでいいだろう。梅にとって桜と二人きりで話せるのはなかなか少ないためこの時間はとっても貴重だった。
「ここ、教えてくれて嬉しいけど良かったの?お気に入りだったんでしょ」
「お気に入りだから、いいの」
「あいつらもついてきてるけど」
桜は太一と響を指さして梅を見る。どうやら色々とバレているらしい。
梅はにっこり笑った。
「うーん、正直なところ太一くんと響くんはなんだか結構、意外と一緒に居ると楽しいの。でもそれは桜がいることが大前提だけどね。とにかく私は桜が嬉しいならいいの。ふふーん、私も気遣いできるんだよ?私と二人きりだと桜が気を遣いすぎるだろうし……というより遊んでくれなさそうだし……まあ、だから太一くんと響くんを誘ったんだよ!桜とセットって考えてるから問題なし!」
「なんていうか、うん。正直する誘いの背景どうもありがとう」
「どういたしまして!」
なかなかに人を選ぶ発言をしながらもあいからわず素晴らしい笑顔を浮かべる梅に桜はおかしくなって吹き出す。
「梅って、変なの」
「うぁ!うわあああ!もっかい!も一回言って今の!」
「え、なにどんびき」
「その顔もたまんないっ!」
無邪気に笑った桜の顔を見て一気にヒートアップした梅を止めることができるのは誰もいない。
「桜好き!もーかっこいい!たまんないっ!ほらっ!桜と梅ってまたいいコンビじゃない?!運命だよ!」
「え、あのお姉さん。いろいろ意味が分からないんですけど。ってか桜と梅がなんでいいコンビ?」
「似てるじゃん!咲く季節も一緒だし運命共同体だよ!」
「……とりあえずここに梅はないな」
「あぁぁあ゛!私葉っぱになる!」
「はい?」
「梅じゃなくて葉っぱだったら完璧だった!私の名前これから葉っぱね!」
「落ち着け」
意味の分からない言葉を叫ぶ梅の両頬をつまんで桜が「どうどう」と声をかける。梅は静かに興奮している。桜を助けたのは太一と響だった。
「なになに楽しそうだったけどどしたの?」
「楽しい……?いや、うん。とりあえず助かった」
「なにそれ。ってかうわ、超うまそうなんですけど。これ梅ちゃんが?」
「そうに決まってんだろうが響!」
「……あとでそう断言した理由でも問い詰めようか?」
「そ、そんな……。いやーなんとなく、な!」
「まあいいけど。梅、食べていい?」
「勿論!召し上がれ」
「やっり!」
一気に賑やかになった場所に梅はまた表情が緩んでいくのに気がつく。
楽しかったのだ。
勿論桜と一緒にいることが嬉しいし楽しい。だがこの4人で話す時間もとても楽しいのだ。
楽しかった。
――別に理解して貰わなくてもいい。
そう思っていた。
今もそう思っている。
けれど梅は桜は勿論のこと、太一と響にも自分のことを知ってほしいと思った。
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【狂った勇者が望んだこと】お気に入りの場所、完
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