06.最強の敵





「本当に、変わらない」




深い深い森の中、湖の近くで一人の青年が俯きながら立っていた。周囲は異様な赤に染まり、青年自身も赤く赤く染まっていた。
青年はじっと、ピクリとも動かない少年を見ていた。だらりと垂れる少年の手の上に黒い剣が置かれている。黒い剣に巻かれたハンカチが風にひらひら揺れていた。


「すまない……。お前をここに置いていくことになる。俺が……俺が甘かったせいだ。俺が弱いから。……すまない」

血のついた頬を歪に濡らし赤い飾りをつけた涙がポツリと地面に落ちる。

「だが、また来るからな」

青年、クォードは誓うようにヴァンに言葉を贈る。
──終わらせなければ。
心の底からそう思った。ラッジュを殺さなければならない。すべて終わらせなければ。
クォードはヴァンの手から黒い剣を落とさぬよう気をつけながら、小さな体を抱きかかえる。辺りはヴァンの嫌いな者達の死体が転がっている。
ここでは駄目だ。
血で汚れていない場所を探して辺りを見渡したクォードは湖と森に挟まれた見晴らしのいい場所をみつけた。ちょうど陽が当たるギリギリの場所で、森の暗く穏やかな静けさが隣り合うところだ。
『フィリが言ってたのはここだよね!?絶対そうだよっ!すごい……。綺麗だ』
湖を見たヴァンが言った言葉を思い出して、ここに埋葬しようとクォードは決めた。穴を掘りながらほんのついさっきまで興奮しながら湖を見ていたヴァンを思い出す。湖を見て”綺麗”と言っていた。心の底から憎む”あいつら”を許さない殺すと何度も言いながら自分も同じだと言ったヴァンが初めて、なにかを見て綺麗だと……。
そんなヴァンを見てクォードは悲しくなった。
遠めでも分かった輝く聖剣を穴が開くほど見ていたくせに『僕は持たないほうがいいよ』なんて遠ざける。
両親を愛し、それ故賊を憎んだ。
賊を殺して、自分を苛んだ。
誰よりも人を求め、誰よりも孤独を望んだ。
身勝手な勇者を望んだ。
クォードにとってヴァンは眩しいほどに純粋な心を持った子供だった。
──綺麗と言ったこの場所は、ヴァン。お前に近い場所だと思う。俺にはお前が凄く眩しく思えたんだ。

「ヴァン……」

黒い剣とハンカチ、二つを一緒に埋葬した。
これで少しは寂しくないだろうか?
そんなことを思って、笑ってしまう。こんなのは残された者の思うエゴだ。けれどなんとなくヴァンがそうだよと頷いてくれている気がしてクォードは言葉なく微笑んだ。
思い出したのは初めて会ったときヴァンが歌っていた歌物語。
少なすぎたヴァンの歌物語は、結局のところ満足できたのだろうか。クォードにはその答えを知る術はない。ただ、最後に見たヴァンの笑みを思うと満足していたのかなと思う。

「ヴァン──」

なに?クォード。
そんな声が聞こえる気がする。当然振り返ってもいる訳がない。だが、クォードはヴァンに語りかけずにはいられなかった。

「お前との死の別れなんて考えたくなかった。……平和な道を歩んでほしかった。お前の意志が変わればと思たっが、意志を挫けさすことができなかった。背負うには重いと思っていたのに見捨てることもできず……きっと俺は軽く考えていたんだ」

過去に望んだ想いはいまは後悔にしかならない。

「すまない」

目を閉じてヴァンを想う。
その先に浮かんだ兄の姿に、クォードは目を開けた。

「お前に代わって必ず、俺が成し遂げる」

淡々と話すクォードは旅に出る直前の自分の姿を思い出した。あの日、親殺しのラッジュを裁断者として殺す旅に出ることを長老に誓った。
『俺が、俺が兄を必ず殺します。俺が──』
感情を高ぶらせながら、けれど不安に拳を震わせて唾を吐き散らして叫んだ。そんなクォードの姿を村の大人たちのみならず子供たちまで囲って眺めながら無言でその背を押した。
──俺が兄を止めるんだ。
もしかしたら、なんて希望をあのときクォードは抱いていた。話せばもしかしたらという淡い期待だ。遠回りをした。時間をかけた。その間に一つの村がなくなり、また一つの村がなくなっていった。混乱は大きくなり、世界はあっという間に混沌と化した。
クォードはもう希望を持っていなかった。
地面を掘っていたときに出てきた大きな石に小刀で文字を彫る。
”ヴァン ここに眠る”
柔らかな土に石を置いて、指の腹でそっと撫でた。


「安らかに、眠れ」

おそらくそれが本当に最後だろう。クォードは涙を流して微笑むと、腰にヴァンの髪と同じ金色の剣を差して湖をあとにした。
『ただ思い出してほしいな。忘れないでっていう気持ちもあるけど、この花を見て僕とクォードのことをたまにでもいいから思い出してほしいな。そしたら僕───すっごく嬉しいから』
優しい風が、クォードの背中を押すように吹いた。




++++



「きゃぁぁぁっ!!!」

女の叫び声が響く。叫び声は一人二人のものではない。目に映る全ての箇所で赤く猛った火がのぼり人々は逃げ惑っていた。つんっとする焦げた匂い。断末魔の叫び声と合わさって五感の全てを麻痺させていく。世界が曲がって壊れていく。
その中でただ一人の男だけは表情のない顔でその場所を横断していた。そして賊を容赦なく切り捨てている。

「げぇっ!」
「ひっ!」

戦火に逃げ惑っていた人々は見た。
いままさに自分を殺そうとしていた人間が他の人間によって殺されていく。黒い衣に身を纏い、なにも映さないように見える漆黒の瞳を持つ男が賊を切り捨てていく。
圧倒的な強さを持って自分たちの脅威であった賊を切り捨てていく男の姿に、人々は逃げ惑うことを止めて魅入ってしまった。
男は冷酷で、強かった。
人々はその雄雄しい姿に、大きな背中に、畏敬の念を込めてこう叫んだ。

勇者、と。

男は姿を消して、人々の叫びの上がるところにまた現れていく。そして数日も経たないうちに人々はこう叫ぶのだ。
勇者が現れた。
この世界を救う勇者が現れた、と……。
男は北へ北へと進んでいく。なにかに取り憑かれたかのようにして、ただただ北へと、ダイロドナスの中心部へと歩いていく。

そして、穏やかではない空気を纏った数え切れない人間の集まる広大な都市の広間で、男はいままで表情を変えることの無かったその顔を笑みに歪めた。
その笑みを受け取った男も、また奇異な笑みを浮かべている。

「「久しぶりだな」」
「クォード」
「ラッジュ」

一人の男、クォードは金色に輝く剣を対峙している男に向けた。建物から出てきたばかりの男、ラッジュは、その剣先に笑いを零しながら一段一段と階段を下りていく。そして、クォードと同じように地面に立ったとき口を開いた。

「俺を殺してみろよ」

ラッジュも剣をクォードに向ける。
張り詰めた空気に、クォードとラッジュを囲む賊はごくりと唾を飲みこんだ。誰も動かない。誰も声を発さない。誰だ。誰が動く。どっちが動く──っ!
無言の叫びが重なって圧し掛かる息苦しい空気のなか、クォードは心の中で一人、歌を歌っていた。

 

 愛さす場所に光あり
 光ある場所に笑いあり
 笑いある場所に涙あり
 涙ある場所に悲しみあり
 悲しみある場所に救いあり
 救いある場所に絶望あり
 絶望ある場所に愛あり
 全てに意味が
 全てに意味が
 果て無き道が終わるとき
 私はその意味を知るでしょう
 道の果ての意味も
 全ての意味も
 私はきっと知るでしょう

 全ての意味を知るでしょう
 全てに意味はないのだと私は知るでしょう
 解放しましょう
 きっと待っているから
 導きましょう
 地獄へと
 私は知るでしょう
 全てに意味がないのだと

 願いも希望も悪も正義も
 私は私の為に
 行きましょう貴方の分まで
 行きましょう
 喜んで



──二つの剣が宙を切った。


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