【狂った勇者が望んだこと】の番外編、 梅視点
私には大好きで女性でありながら最高にかっこいい友達がいる。
面倒ごとが多いからと髪を男子よりも短く切って飾りを嫌うけれど、背筋を伸ばした堂々とした姿は周りの目をひいてしまう。近寄りがたいと思う人も多いみたいだけど、視線を合わせて話をしてしまえばすぐにその視線をもう一度追ってしまう。また声を聞きたくなる。そして触れてみたくなる──そんな人。
桜。私の大好きな人。
桜は周りにひどく関心がないくせに困っていると意思表示されたなら捨てれない。だけどいままで長く関係を築いていたものでも、気に入らないなら容赦なく切り捨てる。自分の大事なものがはっきりしていて、その為なら他を捨てられる人だ。
捨てるまでに葛藤する姿が、桜らしくて好き。
捨てると決めたときの容赦ない姿が、大好き。
大事なときに自分を二の次にするところがあるのは、嫌い。
「きっともう居るんだろうなあ」
階段をあがって篭った空気から逃げ出す。ようやくうだる熱から逃れられたと思ったら、わっと飛び込んでくる音と光に思い出していた待ち人の記憶が消されてしまう。
肌を刺す視線、包み込む喧騒、匂う排気ガス、誰かの話し声、暑くなってきた日差し……ああもう、ぜんぶ鬱陶しい。
賑やかな町どおりは私の嫌いな場所のひとつで出来るだけ避ける場所だ。でも今日ばかりは素敵なところ。足早に待ち合わせ場所に移動すれば、歩道に植えられた木の陰で空を見上げる人を見つけた。
紺のカットソーに黒のジャケットを羽織って濃紺のジーパン、細身で飾りのないシンプルなチェーンネックレスが細い首と浮き出た鎖骨に凄く似合ってる。少し暑いのか折り曲げた袖からのぞく白い腕に筋肉の筋を見つけた。
「や、いやー!桜かっこよすぎるんだけど……っ!マジ好み!」
予想通り似合っていた服に加え、私が「デート」と注文したことを聞き入れてくれ男装までしてくれた。
胸にさらしを巻くだけじゃなくて、腰のくびれを抑えるために腰にもサラシを巻くんだ。タオルもいれることもあるみたいだけど暑いから好きじゃないって言っていた。大事なことは面倒なことを私の為にしてくれたってことだ。
ワックスで散らした長めの前髪から見え隠れする目が私を捉える。長い睫が瞳を隠す。呆れたように口が開いて、息を吐く。
「……五月蝿い、梅」
「でもでもああああ、もう、すっごくいい!最高!」
耳に心地よいアルトの声を聞いたらもう止まらない。
最近桜は私と距離を置こうとするから今日こうやって2人で遊べるのに加えて私のことを考えてくれてるのが凄く嬉しくて興奮しっぱなしだ。
落ち着かない。
桜が遠い目をして空を眺める。ああもう、逃がすわけないでしょう?
「こらー逃・げ・な・い・の!私の桜くん!」
「はいはい、お前のじゃないから」
「にしても男装姿最高にさまになってるね」
「そりゃどーも」
桜が自分自身の問題も含めてかもしれないけれど私のことを考えて距離をとろうとしてくれてるのは分かる。だけど嫌だよ。
逃がさない。
「今日どこ行こっかー!すっごい楽しみ!」
「どこ行こっか」
ほら、桜がいるだけで世界がこんなにも違う。煩わしかった全部がなくなっていく。年中纏わりつく視線もどうってことない。
……でも桜を見る視線はムカつくなあ。
視線を滑らせてみれば私に移る視線。ああ、本当にムカつくなあ。
癒されたくて桜を見上げてみれば、なにか考えに集中しているのか無表情だ。
カッコいい……。
折角意識がこっちに向いてないことだから写真を撮ろう。携帯を取り出してベストショットを探していたら、なにか勘付いたのか桜は辺りに視線を走らせる。あ、このショット最高。
カシャーッと響くシャッター音のあと、桜と目が合う。眉間にシワを寄せて、ゴミを見るかのような目。
「どんびき」
「その顔も最高!」
ご馳走様。
もう一枚写真を撮っておけばなかなかいい出来栄えの写真が撮れて頬が緩んでしまう。密かに他の女友達同士で桜の写真を交換しあってるけれど、これは交換しないで自慢するだけにしよう。
一人でニヤニヤしていたらおでこがくすぐられる。顔を起こせばくすぐっていたのはそおっと伸びていた桜の指先で、私の前髪を触っていた。朝起きて頑張って編みこんだかいがあるものだ。
桜は興味深げにつくりを見ている。そして、
「その前髪、可愛いな」
ふわりと笑った。
わ、わああああああ!
頭に置かれた手はまだ編みこみが気になるのか感触を確かめている。普段桜は色々表情を変えて笑ったりもするけれど、いまみたいに優しい笑いかたはあんまりないからレアと私達は呼んでいる。
久々なうえに間近に見てしまったもんだから頭がショート。
耳たぶをつままれる。かと思えば少しの痛みと、違和感。消えた体温。驚いて意識が戻る。
「え、わ」
「誕生日おめでとう」
凄く似合う。
声に出すつもりじゃなかっただろう言葉が聞こえて、満足げに笑う桜の顔が見えて、本気で頭がくらっとなった。
耳元に手を伸ばせば外出前にはつけていなかったイヤリング──誕生日プレゼント。
「ああ……もう、キャパオーバー」
「梅の好きなケーキ、食べに行こうよ」
ひかれる手の先には大好きでかっこいい私の自慢の友達。世界を色鮮やかにしてくれる人。つまらない世界に興味を持たせてくれた人。
……ああ、私本当に生まれてきてよかった。
「……うんっ!桜大好きっ!」
あのとき出会えてよかった。見つけれてよかった。
桜に会えてよかった。
きっとまた人ごみの壁になる為に少し前を歩くんだろうけれど、隣に並びたくて小走りする。少しの間でも顔が見えないのが寂しいから桜と呼ぼうとして──違和感。なぜか桜も同じように違和感を覚えたみたいで桜が戸惑うような声を出した。
足を止める。
伸ばして繋がっていた手が肘を曲げても大丈夫になっても桜は動かなくて、呆然としている。隣に並ぶ桜を見上げようとして気がついた。
……なにこれ。
誰も動いてない。そういえばあんなに五月蝿かった音が聞こえない。匂いも桜のシトラスの香りぐらいだ。近くを通り過ぎていたらしいそのまま固まる人を見てみれば携帯を覗き込んだままで、前に進むためにあげた右足は宙に浮かせたままだ。
ひやりとなにか冷たいものを背筋を通る。
ぎゅっと手を握ると、握り返されて凄く安心した。桜と目が合う。桜は動いてる。
大丈夫。なら、大丈夫だ。
「梅」
「桜」
名前を呼び合って、次になにが起こるのか、次があるのかと怖くなるのをお互い安心させあう。
不安と理解できない状態に対する不愉快さに眉を寄せる桜を見上げる。なにか言おうとしたとき、桜以外のすべてが歪んだ。見えていた青空が無機質な暗い灰色になる。明るい光があるほうに視線を移せば教会にあるような大きな大きなステンドガラスが目に飛びこんできた。
ここは、どこ?
見る限り建物の中だっていうことは分かる。だけど!陽の光を浴びて輝くシャンデリア、高い天井、赤い絨毯が続く先に座る人、私達に突き刺さる数え切れない視線。
気味が悪い。意味が分からない。
「なんだよ、これ」
「え。え?私、いや、なにこれ」
「はあ?意味分かんね」
私達と同じような気持ちで居るらしい人たちがいる。だけどそれは数人だけらしくて、囲うように立って中世を思わせる衣服を着ている人たちはそうじゃないらしい。
「成功した!やはり聞くのと見るでは違うものだな」
「素晴らしい!これで我々は安泰だ!」
「平和は約束されたようなものですな」
「本当にこの方達で大丈夫かしら?なんだか頼りなくてよ」
「なんと、勇者に女がいるぞ。珍しいこともある。益々我が国は発展を望めますな」
「期待損でないといいが」
舐めるような視線は気のせいじゃない。日ごろから受けてきてる視線だから間違えようがない。だけどそれがこんな異常な事態で、不穏な言葉に合わせて受けるとなると気持ち悪さは強まる。
握った手が強くなるのが分かる。桜も感じ取ったんだろう。自分だってこの訳の分からない事態に不安なはずなのに、私を見下ろす視線は私の身を案じてくれてる。
ああなんだ、大丈夫だ。桜が居る。
「よくきた、勇者達よ」
──それからの出来事はあっという間のことだった。
この世界に召還された1人が火の魔法を暴走させた騒動はこの世界の人間の期待と嘲笑と傍観に見送られて終わった。疲れて指示された通りに動く”勇者たち”。小間使いに部屋とやらに案内されるまま動く。
「……なに」
「お連れ様はお召し物の替えをされたほうがいいでしょう。別の部屋をご案内します」
小間使いの男が部屋の扉を開けたから桜と一緒に入ろうとした。なのに男が控えめとはいうものの前に手を出してきて邪魔してくる。しかも小間使いの女は桜に「部屋を別にご用意しております」と言ってきた。
「別々の部屋なんて必要ない」
「ですが」
「私の彼氏なんだから!急にこんなことになって、なんで別々なの!」
小間使いの男と女が目を合わせる。妙な沈黙だった。そして、嫌な沈黙だった。
「お着替えが……」
「そんなの後にして!少し2人きりにさせて!」
「……失礼します」
2人が頭を下げた瞬間桜の手をひきながら部屋の中に入ってドアを閉めれば、しばらくして足音が離れていくのが聞こえた。音が聞こえなくなったところで桜が呆れたように息を吐いた。
「どんな設定」
「ヒステリックな彼女とそれを受けいれる彼氏」
「……まあ、そのほうがいいわな」
この世界の人間は桜のことを男だと認識しているみたいだからそのままで通すことにする。女であることが不穏な響きのするこの世界では騙せるならこのままでいるべきだ。
折角だから私は桜の彼女ってことにして地盤を固めておく。我侭でヒステリック気味な彼女だと認識されたら、多少の行動に注意を向けられることもないだろう。
「なんか、なー」
「ねー」
大きなベッドに座ると、桜もベッドに腰掛けて倒れこむ。ところどころ焦げたジャゲット。腕にも火傷を負っていたけれど。
「治癒魔法をかけにきた子」
「可愛かったね」
「そうじゃなくて、違和感」
「だね。私たち勇者のことを観察してたわりにあの態度、変だよ」
「梅を守ろうとしてた奴」
「妬かないで私のダーリン」
「はは」
「……別にいーもん。ん、あいつらも変。気持ち悪い」
騒動が起きた瞬間、甲冑の男たちを私ともう一人の女の子だけを守った。男だと思われていた桜を含めて甲冑の男たちは他の男子は守ろうとしなかった。魔法を暴走させてるらしい男子を助けることさえしなかった。
ただ見下ろして傍観してたんだ。男女の扱いの差異が、凄く気持ち悪い。
「思いっきり突き飛ばしてたな」
「邪魔だったもん」
炎に包まれる男子を救おうと一つの謝罪とともに走ってジャケットを男子に被せて炎を消そうとした桜。私としては男子よりも桜が危ない目に遭ってしまうことが許せないけれど、桜が望むなら邪魔しない。
私もなにか手伝えればと思って後を追おうとしたら、甲冑の奴らが「危ない」と邪魔してきた。本当に邪魔だった。だから隙を見て突き飛ばしたんだっけ。
痴漢で鍛えられた技舐めないで。
考えてることが大体分かったのか、私の顔を見ていた桜がしょうがないなと笑う。頭も撫でてくれたもんだからご機嫌だ。
「勇者だって」
「前したゲームみたいだね。痣ないけど」
「だな」
「……気に入らないなあ」
「だな」
「ふざけないでほしい」
「だな」
桜が体を起こす。なんだろう?不安。怒り。不愉快。希望。責任。決意。色んなものが感じられる。
「大丈夫」
「……うん」
頭を撫でてくる手が気持ちよくて目を瞑る。
「今すぐには無理だろうけど、帰ろう」
「うん」
「その為に力つけないとな」
「うん、桜」
「なに」
「大丈夫だよ」
抱きついて背中をぽんぽんと叩く。すぐに抱え込むのは桜の悪い癖だ。私のことでもそれはなるべく止めてほしい。それに私は別に帰れなくてもいい。
桜が帰りたいんだったら私も手伝うけど、桜がいれば私は別にどうでもいいんだから。
胸から顔を離して桜の様子を窺ってみれば、目をパチクリさせて首を傾げてる。可愛いなあ。ずっと見続けていれば唇つりあげて微笑んだ。綺麗な表情。
「だな」
「うん、サク」
「ん?」
「私の彼氏でしょ?愛称が必要じゃない?」
「いらねえだろ」
「ねえねえ!私のは!?私のはなに??」
「あー五月蝿いーあー」
「サクひどい!」
「じゃあ梅子で」
「梅子……いい」
「いいんかい」
どうせ適当に言ったんだろうけれど、悪くない。ああやっぱりどこでも桜がいれば大丈夫なんだ。
「サーク」
「なんだ、梅子」
「いやあああああ!」
ほら、楽しくてしょうがない!