いつもムカついていた。
見せ付けるように震える母親も、姿を隠す父親も、喧嘩を吹っかけてくる奴らにも、押し付けてくる連中にも、ぜんぶ、ぜんぶ、ムカついていた。
この世界に来たときもムカついた。
どこ行っても同じようなもんだ。悪くないと思ったのは魔法があって、十分使えるものだったことだ。
「──は、あ」
甘ったるい嬌声が途切れて生暖かい体がしなだれかかってくる。胸に顔を押し付けて長い髪を首に巻きつけて、わざわざ手を絡めて俺の名前を呼ぶ
ああ、うぜえ。
「さっさと失せろ」
「え。……え?」
「聞こえねえのかよ?あ゛?」
少し凄めば女は全裸のまま服を手に部屋を出て行く。
せいせいする。いい体でも一緒に朝まで寝るのはごめんだ。
固まった体をほぐすために伸びをして、閉まったままだった窓を開ける。
……さみいな。
外気が一気に部屋の熱を冷ましていく。フィラル王国から一番南にある場所っつっても冬は冷えるもんなのか。年中暑い場所ってねえのか?あるんならそこに移動だ。朝一番にうぜえほど世話を焼いてくる小間使いに聞いてみるか……。
香水がまとわりついたくせえシーツを剥がして隅に放り投げる。ヤルのはいいが処理が面倒くせえ。
──もう数年か。
その間に体はこの世界に適応したらしい。魔力はヤラずとも勝手に回復していくようになったし、魔法もほとんど使いたい放題だ。勇者ゆうしゃと崇めてくる奴らはうるせえが貢いでくれるんならどうでもいい。
だけど、うぜえ。
「壊してえなあ」
魔力を流して風呂の湯を出す。
とたんに白い湯気が立ち上って広い風呂に充満していく。真っ白な、真っ白な──ああ、くそ。
どこにいようが、ぜんぶ、ぜんぶ煩わしい。
さっさと風呂に入って目を瞑るが、嫌なことは続く。
『僕はこんなこと許せない』
そう言って俺を睨んだ奴を思い出して苛立ちが最高潮になってしまった。
『いいんだ。もう』
いつもなよなよして、ろくに戦えもしねえくせに助けるだの僕がだのとうざかった。
『結局選べなかっただけなんだ』
なのにあいつは、俺が出来なかったことをしやがった。
うぜえ、うぜえ、うぜえ。
どうせいまだに隷属状態なんだろう。胸糞悪い笑いを浮かべながら、あの気色悪い奴等に命令される通り動いてやがる。春哉にはお似合いだ。それに……。
笑って少し気が楽になって思い出したのは、小奇麗な顔に血をつけて睨んでくる奴の顔だった。
『うぜえな、お前』
春哉とはまた違う静かな声。男のような女のようなくせしてやるこた思い切りがいい。それはいい。ホーリットで俺に弓を引いたときだって、本当は俺に当てる気だったんだろう。たまたま天が俺に味方したというようなくだらない偶然で当たらなかっただけだ
「いつ壊れるんだろうな。あいつ」
なんだかんだいって魔物を簡単に殺せるくせに、春哉みたいに甘っちょろいところをのぞかせて食えない笑みを浮かべていた。
いつだろうな。あいつがグチャグチャになっちまうの。春哉みたいに諦めちまうのは、翔太のように拗らせるのは、俺みたいになにもかも壊したくなっちまうのは、いつだろうな。
次の召還にはなにが起こるだろう。
前回は失敗に終わった。
……ああ、楽しみだ。
次の召還がある頃にはフィラル王国に戻ろう。
【狂った勇者が望んだこと】の番外編、とある勇者の話④
──進藤の場合